受動的は簡単、能動的は難しい
何事にも受動的な人と能動的な人がいる。
受動的な人は、人からの支持を待ち、受けた支持やお願い通りに動く。
何かを選択するとき、悪気なく「なんでもいい」と答え相手に判断を任せてしまう。
自分からはあまりしゃべることなく、相手が話してくれるのをただ聞いている。
逆に能動的な人は、自ら仕事や問題点を探し出し、聞きに行くなど行動を起こす。
判断に迷った時は相手任せにするのではなく、意見交換や自分の素直な気持ちを伝え、一緒に考えたり答えを出していく。
もちろん相手の話をしっかり聞いたうえで、自ら話題を振ったり積極的にコミュニケーションを取りに行く。
なぜ受動的は簡単で、能動的は難しいのか
一言で言えば「楽」だからだ。
自らアクションを起こさずとも、相手からどうにかしてくれる、判断してくれる、考えてくれると思うからだ。
相手が出してくれた案に乗っかってついていけばいいだけ。
労力や思考力を使わず、省エネで動いているため疲れることはないんだ。
相手があれが食べたい、どこどこに行きたいなど、全部決めたいタイプで自分がそれに引っ張らっれるだけで、お互いが不満がない関係性であればいいと思う。
が、そうではなく、お互いが受動的で相手に判断を委ねるタイプだと、心の奥底では決めてほしいと思っているから、不満が募ってしまう。
楽ではあるがこういった弊害をもたらすこともある。
能動的が難しい理由は簡単で、めんどくさいことや不安が多いから。
自分で決めることがそもそもめんどくさかったり、選択したことが正しかったかどうか気になり不安に駆られてしまう。その不安から決心ができず相手に判断を委ねてしまう。
人は楽な方へ流されていくから、自分で動くよりも誰かがやってくれるだろうという期待を抱き、流してくれるのを待つんだ。
「楽」という魔力
確かに楽な方がいいに決まってる。
ただ、楽に染まり切ってしまうと、いざ自分の中で変化が訪れて自ら率先して動こうと思った時に苦しくなる。
体に染みついてしまったものを一度に払拭するのには、かなりの労力が必要になる。
染みついてしまったものがあまりにも重すぎて中で諦めてしまい、元の楽に流される選択肢を取ってしまう。
スローステップで
人間急には変われないんだから、能動的になりたいなら少しずつ動き出して慣れていくしかない。
自分が判断したっていい。間違った選択だったとしてもtry&errorを繰り返すことで、選択する精度が上がっていくかもしれない。
何事も経験してみないと分からないことだってある。実践したことの返答が即時的にわかることも、経験から学ぶことの良さでもあると思う。
受動的な自分が、少しでも能動的な自分に変化できるように、考えを書き留めておきたい。